■全日空乗員組合の歴史

事務局長 中島幸男
1997.08.26

創設期

1957(昭和32)
全日空設立。(日ペリ航空と極東航空が合併)
1958(昭和33)
4月 全日空乗員組合創立。組合員60名、機長と副操縦士。
8月 DC-3機下田沖墜落 全員死亡。
1959(昭和34)
労働協約の締結。(ユニオンショップ、争議予告10日前等)
1961(昭和36)
乗務手当の時間制、乗務手当80、65時間保証と大幅UPを全面スト体制と中労委のあつせん案で制度化。
以前はJALの半分だつた。
1962(昭和37)

組合3大要求。

  1. 基本給体系。
  2. 乗手UP。
  3. 労働協約 YS-11導入、JET化時代。
1963(昭和38)
B727導入。
航空が公益事業に指定される。
DC-3仙台空港事故全面支援決議。
1964(昭和39)
航空機関士組合加入。
JAL乗組4役解雇 。
初の勤務協定4-7-10。(着陸回数、乗務、勤務時間の制限)
1965(昭和40)
セニョリテイー問題(機種移行の順位)まとまらず、激動期。
1966(昭和41)
2月4日東京湾事故。(B727墜落133名全員死亡)
3月4日カナダ・パシフィクDC-8羽田沖事故。
3月5日BOAC富士山空中分解。
4月航空安全会議設立。(労働者の立場からの安全への取組み)
11月13日松山事故。(YSー11全員死亡)
仙台事故裁判無罪判決。
1967(昭和42)
基本給協定化。学歴別のドンブリ勘定から年齢一本の体系になる。
1968(昭和43)
B737導入。
1969(昭和44)
勤務協定4-7-11から4-6-10になる。
宮崎空港SY-11オーバーラン。
外人パイロツト導入反対で初の全面スト。
1970(昭和45)
全員全便自宅送迎。
基準内賃金に乗務手当込みの要求・24、48スト(未解決)初の腕章着用。
1971(昭和46)
B727雫石上空で自衛隊機と衝突。(162名全員死亡)
ヘリ事業部縮少。
組合法人化する。
1972(昭和47)
パイロツト訓練生他職種経験。(乗員余剰のため)
1972(昭和48)
国際線協定交渉全面24・24スト、夜間便34日スト後暫定国際線協定化。
航空機関士、全日空労組から乗組に加入、充実期。
1974(昭和49)
代議員制度移行。
JAL組合4役解雇和解。
所定労働時間制の要求。(未解決)
L-1011導入。
1975(昭和50)
月間休日10日になる。
ヘリコプター部第4次縮小ーやがて廃止に。
1976(昭和51)
ロツキード事件、田中首相、若狭社長逮捕。
B747、B767導入。
1977(昭和52)
YS-11大島空港オーバーラン。
組合総合補償制度発足。(休業補償、生命保険、冠婚葬祭)
ILO民間航空専門家会議(ジュネーブ)に日本代表として出席。
1978(昭和53)
日乗連(日本の乗員組合の連合体)発足。
成田空港開港。
1979(昭和54)
航空連(航空労働者の産別組織)、合理化闘争。
1982(昭和57)

B767乗員編成回答破棄 3名から2名に。(FEなしの仕様)
破棄撤回闘争、6月5日から12月22日まで指名スト、ワッペン、時限スト。
その結果、

  1. FE職場確保
  2. FE職変訓練
  3. B6安全問題で妥結
1984(昭和59)
NCA(日本貨物航空)に組合員派遣でもめる。
1985(昭和60)

移行昇格(下位機種から上位機種に)体系3段階から2段階に。
運輸審議会

  1. 国際線複数化
  2. ダブルトラツク
  3. JAL民営化
  4. 45・47体制廃止
1986(昭和61)
成田ーグアム初の国際線定期便。
A320導入。
1989(昭和63)
NCA初の指名スト及び、48時間スト。
ロス、ワシントン線業務拒否スト。(労働条件改善)
春闘賃金で24時間スト。
B747ー400導入。
1990(平成1)
第2回移行昇格体系2から1へ。全機種同一順位。
1991(平成2)
全面24時間スト。(移行昇格改訂)
B747ー400基地一元化の闘い。(大阪基地廃止、永久転勤)
国際線路線別協定。
労使協議会27年ぶり開催ソ連共産党解体ロシアに。
労働協約締結切り下げ受認。(1先任FE管理職、2団交優先削除)
B777,A340導入決定。
1992(平成4)
外人パイロツト導入協定化。
1993(平成5)
国際線グローバル協定化。
勤務協定切り下げ 4ー6ー10が4ー6ー11に。
羽田沖合い展開 組合事務所も移転、構造改革に対する闘い。
1994(平成6)
労使協議会で会社より構造改革の提案。
乗員の送迎(30年間続いていた)を廃止し、出退勤に改悪。
1995(平成7)
2月新賃金体系の提案。
12月賃金体系協定書の90日前の解約破棄予告。
1996(平成8)
3月31日賃金関係協定書10件失効無協定になる。
4月1日会社新就業規則制定。組合は不同意の意見書。
労基法違反の主張、労基署へ。
ワッペン着用、指名スト、指定便スト。
全日空労組、民航連脱退。
民航連解散し、航空連と合併。
日乗連とALPA・JがJAPAN・ALPAを設立。
JAPAN・ALPAがIFALPA(国際定期操縦士協会連合会)に加盟した。
航空労働者統一行動で銀座デモ。組織参加は初めて。
11月9日協約破棄撤回を求めて24時間スト。
12月15日B767全便スト。
1997(平成9)
2月国際線無期限ストの大会決議、
  26日会社回答「会社強行体系は1年間凍結。もとの体系に戻す。この間に新体系を協議する。」
4月労働協約
  組合「無用の紛争を避けるため現行通りで更新したい」。
  会社「全面改正したい。具体案は夏までに提示するそのため10月まで自動延長したい。
6月組合はやむなく要求化しスト権投票を行う。
  会社役員人事のごたごた。若狭名誉会長、杉浦会長退任。普勝社長辞任し、野村社長へ。
7月労基法第32条違反で社長告発。
7月31日会社団交で「現行協約をそのまま更新し、期間を平成11年の4月30日としたい」と回答してきた。
  新賃金体系に関する話し合いは、遅々として進まず。
8月1日第43期執行部発足 3役留任。新賃金体系に関するスト権は継続確立中。